普通に子どもがいる家庭が築けると思っていたのにー。
コラム 不妊治療
普通に子どもがいる家庭が築けると思っていたのにー。
普通に子どもがいる家庭が築けると思っていたのにー。
夫の無精子症を知った時は衝撃でした。
そこから何度も話し合い20回以上AIDにトライ。
台湾での顕微授精1回目で妊娠しました。
子どもができるのは当たり前と思っていたA子さん。
ところがご主人のB男さんが無精子症と判明。
そこから何度も夫婦で話し合い、AID(非配偶者間人工授精)をすることに。
今年、台湾での顕微授精で妊娠。約4年に及ぶ不妊治療に終止符を打ちました。
※2018年11月22日発刊「女性のための健康生活マガジン jineko vol.40 2018 Winter」の記事です。
夫の無精子症が発覚。ショックで言葉を失った
28歳の時、A子さんは7歳年上のB男さんと結婚。子どものことを考え始めたのは30歳になった頃でした。
「最初は自然にできたらいいなと思い、タイミングを自分たちでみていました」
ところが2年経っても妊娠の気配がありません。一度診てもらおうと地元の産婦人科を受診。それだけでは心許ないので、ネットで探した不妊専門の病院へ。2人でひと通り検査を受けました。そこでB男さんが無精子症だと発覚したのです。
「もう衝撃なんてものではありませんでした。最初何が起こったのかよく理解できなかった。てっきり不妊の原因は私にあると思っていたので」とA子さん。反対にB男さんは「僕だったのかって驚いたし、とにかくショックでした。まずは彼女に謝りました。何だか申し訳なくて」。
とはいえ、A子さんもB男さんを責めることはできません。まずはちゃんと調べようと話し合い、男性不妊の病院へ行きました。
「無精子症であるのは確かでした。僕に唯一残されたのが、TESE(精巣内精子採取術)。精巣にわずかでも精子があれば、それを採取する手術です」
B男さんは、少しでも可能性があるのならと手術を受けましたが、精子は見つかりませんでした。
「でも、この時は二人とも明るかった。精子があるかないかがクリアになり、これで次に進めるなって」(A子さん)
精子がないとわかっても子どもは欲しかった
この時点でA子さん夫婦には四つの選択肢がありました。一つ目は子どもを作らず、二人で生きていく。二つ目は養子縁組で里親になる。三つ目が非配偶者間人工授精(AID)。四つ目が親族間でのAIDです。ただ、A子さん自身、夫婦だけの人生はどうしても考えられなかったので一つ目はすぐに消えたそうです。
「となると養子縁組かAIDか。僕は最初、養子かなと思っていました。これは男のエゴかもしれないけれど、自分の好きな女性の体内に別の男性の精子が入るのに抵抗があったので」(B男さん)
養子もAIDにしても結局、親のエゴにならないか、自分たちが子どもを幸せにできるのか、など養子かAIDにするかを決める時は一番話し合ったそうです。
「毎日議論というか、ケンカですよ(笑)。二人とも日によって気持ちが変わりますし」とB男さん。いずれにしても情報が足りないので、週末はなるべく養子縁組の会やAIDで生まれた人の話を聞きに行ったり、AIDで子どもを作った親の会などへ参加し、生の声を集めました。AID、里親のことを書いている人のブログや専門書も読んで、互いに感じたことを話しました。そうしているうちに二人の気持ちがAIDへと傾いていったそうです。
「養子縁組だと、ある日突然、子どもがくることになります。僕らは親になる覚悟を育てていく期間があったほうがよかった。それと、彼女は子どもを産める健康な体。だから妊娠、出産という過程を経験させてあげたいと思うようになってきたんです」(B男さん)
実はA子さんはB男さんより早い時期にAIDと思い始めていたそうです。
「子どもを妊娠、出産したいという気持ちが出てきて。ただ、私から絶対AIDがいいと言ってしまうと、主人は責任を感じているところもあるから反対できないじゃないですか。それで生まれてから後悔されても困るし。だから、主人が自分で決断するまでは私も迷っているという言い方をしていました」
AIDにすると決めた後も非配偶者間にするか、親族からにするかも話し合いました。「親族から精子を提供してもらうと後々関係が複雑になってしまう。それでもめ事が増えるのは嫌なので、他人の精子でのAIDを選択しました」(B男さん)
初診予約すら困難なAID治療
台湾での非配偶者間顕微授精1回めで妊娠!
AID開始から1年で10回、2年で20回近く、治療を受けました。
「最初の頃は生理がくるたびに泣いたりしていましたが、次第に毎月の治療が生活の一部になっていきました。ただ、10回以上受けた頃からこのままではできそうもないなと思えてきて、ほかの方法をネットで調べ始めました」(A子さん)
そこで台湾のホンジクリニックを知ります。日本で非配偶者間は人工授精だけなので、妊娠率は3%程度。ところが台湾では顕微授精を実施しており、妊娠率は50~60%と言われています。二人は日本で開催されていた同病院の説明会へ行き、ホンジ院長の雰囲気も気に入り、台湾で治療を受けることにしました。
「日本人通訳の方もいらっしゃり、渡航前のメールのレスポンスも早く、質問にも丁寧に答えてくれました。書類に関しても特に難しいものはありませんでした」
A子さんは初診、採卵、移植と、計3回台湾へ行きました。診療中はもちろん、採卵、移植の処置の時も通訳の方が付き添ってくれて、その場で張院長に聞きたいことも伝えてくれるので心強かったそうです。
「なんと1回の顕微授精で妊娠することができたんです。ちょっと驚きましたね。移植から9日目に。最初は市販のセルフチェックで確認、初めて陽性反応を見て、その3日後に病院で検査を受け正式に妊娠判定が出ました。嬉しかったのですが、不安のほうが大きかったですね。流産が怖くて」とA子さん。安心できたのは安定期に入り、胎動を感じ始めてからでした。
目の前のA子さんは8カ月目の妊婦。日増しに大きくなっていくお腹とともに、徐々に親になるという自覚も育っています。そういう体験ができただけでも台湾での治療を選んでよかったと二人は言います。
今はもっぱら名前と、子どもへの告知をどうするかを日々議論しているそう。
「1、2歳の頃からちゃんと伝えるつもりです。君が生まれてきたのは、もう一人協力してくれた人がいたからなんだよって」(B男さん)
それにしても仲がよいご夫婦です。ケンカも多かったといいますが、それも互いを思いやる気持ちがあったからだというのが言葉の端々から伝わってきます。
「主人が無精子症でなければ、生まれる前からこんなに真剣に子どもの将来について考えなかったと思います」とA子さんが言うと、「そうだよね、こういう時には親としてこう振る舞おうとか、子どもの幸せのために何をすればいいかをずっと話してるし、考えることが習慣になってしまってます」とB男さん。そして「この不妊治療を通して夫婦の絆は本当に深まったと思う」と声を揃えます。
「僕のように無精子症の男性は増えていると聞きます。なかなか授からないと思ったら、奥さんだけでなくご主人も必ず検査してください。そして無精子症だとわかったら悩んでいないですぐ治療を受けてほしい。時間がもったいないです。僕ももっと早め早めに行動すればよかった。それが唯一の後悔です」(B男さん)
出典:女性のための健康生活マガジン jineko vol.40 2018 Winter
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