〈最終回〉「たまご」をめぐる生殖医療の最新技術【中村先生 教えて! たまごのこと】
コラム 妊活
〈最終回〉「たまご」をめぐる生殖医療の最新技術【中村先生 教えて! たまごのこと】
卵子と精子が出会った後、受精卵(胚)はどのように成長し、妊娠に向かうのでしょうか。最終回は受精卵(胚)にまつわる基礎知識から最新技術まで、なかむらレディースクリニックの中村嘉宏先生に教えていただきます。
※2018年11月22日発刊「女性のための健康生活マガジン jineko vol.40 2018 Winter」の記事です。
- POINT
- ★ 妊娠率が高いのは、最も生命力の強い胚盤胞を用いた凍結融解胚移植です。
★ 胚盤胞に到達しない場合は、初期胚移植やカルシウムイオノファによる卵子の活性化を検討します。
★「タイムラプス+WOWディッシュ」の併用で妊娠率の向上が期待できます。
Q・受精卵(胚)はどのように成長するの?
A・細胞分裂を繰り返しながら胚盤胞に成長します。胚盤胞に到達しない場合は初期胚移植やカルシウムイオノファによる卵子の活性化を検討します。
卵子と精子が出会い受精が成立すると、翌日(1日目)に卵子由来と精子由来それぞれの核が2つ並んだ状態を確認できます。これを前核期といいます。その後、2細胞期胚、4細胞期胚、8細胞期胚と細胞分裂を繰り返します。3〜4日目の8細胞期胚あたりから、分割した細胞が接着するコンパクションという現象が起こり、桑実期胚になります。順調であれば、5日目か6日目で着床寸前の段階である胚盤胞に達します。早ければ4日目で、遅くても7日目には胚盤胞になります。胚盤胞とは胚の内部に空間が形成され、内細胞塊(赤ちゃんになる細胞)と栄養外胚葉(胎盤になる細胞)が区別できるようになった胚です。当院での体外受精(媒精)や顕微授精1回あたりの受精率は約85%で、1度受精が起これば約80%の確率で初期胚(2細胞期胚〜桑実期胚)まで成長します。受精卵が胚盤胞にまでなる確率は年齢により異なってきます。当院では、35歳で約50%、40歳で36%です。
初期胚からなかなか胚盤胞にならない場合は、年齢による卵子の老化や、それにともなう染色体異常などが考えられます。また、受精卵と培養液の相性が合わないこともあります。いずれにもしても胚盤胞になりにくい場合はなんらかの工夫が必要です。そこで当院では(1)初期胚移植を選択する(2)卵子を活性化するカルシウムイオノファを用いて胚盤胞まで培養する、という二つの方法をとっています。
カルシウムイオノファは、顕微授精の際に卵子を活性化するために用いられる薬剤で、受精障害に有効とされています。近年の報告では、胚細胞の分裂を促進する効果もあるとの報告があります。当院でも受精卵の分割がうまくいかない場合にカルシウムイオノファを用いたところ胚盤胞到達率が高まり、妊娠率が向上しています。
Q・凍結胚移植と新鮮胚移植の違いを教えて!
A・胚移植は凍結胚移植と新鮮胚移植に大きく分かれます。当院の妊娠率は凍結融解胚移植が39・1%、新鮮胚移植が16・5%です。
凍結融解胚移植の場合、胚凍結の時期は、前核期、初期胚、胚盤胞のどの段階でも可能です。これらの段階のなかで胚盤胞は体外の環境下でもっとも長い期間生き延びてきた胚なので、胚盤胞の段階で凍結し、融解胚移植すると妊娠率が当然一番高くなります。ですが、胚盤胞に到達せず凍結できないリスクがあります。
特に30代後半から胚盤胞に至る率が低下してきます。染色体異常が原因の場合も多いのですが、卵子の老化により、胚細胞自体が脆弱(弱くなること)になり、体内では胚盤胞まで成長したかもしれない胚が体外では胚盤胞まで成長しないことも考えられます。
そのような場合は前核期で胚を凍結しています。前核期は凍結保存のストレスに一番強く、胚移植を行うタイミングに合わせて前核期を凍結融解して初期胚まで培養して移植します。当院のデータでは、同じ条件下で、前核期で凍結した場合と初期胚で凍結した場合を比較すると、前核期で凍結したほうが融解胚移植後の妊娠率が高くなっています。
新鮮胚移植は子宮内膜の厚さが8mm以上でOHSS(卵巣過剰刺激症候群)の心配がない方を対象としています。初回の体外受精では、受精卵が胚盤胞まで至るかどうかがわかりません。そのため、当院では初回の体外受精の時は、受精卵の一つを初期胚で新鮮胚移植し、残りの受精卵は胚盤胞まで培養して凍結保存します。初期胚移植では、30代前半では、20〜30%の妊娠率を見込めますので、この方法で妊娠すれば費用や時間の負担も低くすみます。初回の新鮮胚移植で妊娠しなかった時は凍結しておいた胚盤胞を移植します。
Q・受精卵の成長にかかわる最新技術を教えて!
A・「タイムラプスインキュベーター+WOWディッシュ」の併用で、培養成績と良好胚の選別精度を上げて妊娠率が向上しています。
タイムラプスインキュベーター(CCMーiBIS)の導入で、インキュベーター(培養庫)を開閉せずに受精卵(胚)の観察・記録が可能になりました。観察時の環境変化(培養液のpHや温度変化、光曝露)による胚へのストレスを大幅に軽減し、「胚に優しい培養」で受精の瞬間や胚の発育を24時間モニタリングしています。これまで難しかった受精や胚分割の異常を観察できるため、良好胚の選別精度が向上しています。
タイムラプスの導入にともない、WOWディッシュを採用した胚培養を行っています。マイクロウェル(胚を入れる繊細な穴)を同一の培養液で覆うことで、オートクライン・パラクライン効果(集合培養することで胚が分泌する成長因子を互いに“シェア”しお互いの成長を促すこと)を高めて培養成績の向上が期待できます。(右ページ図参照)
さらに、良好胚の選別精度を上げる方法には、受精卵(胚)に染色体数異常があるかないかを調べる検査(PGTーA:着床前染色体数検査)があります。実施については、倫理上の観点から国内外で意見が分かれています。おもな対象は、流産を繰り返す方、年齢が高くて卵巣機能が低下し、治療可能な時間が限られている方になります。この技術を用いると染色体数異常がかなりの確率でわかりますので、妊娠に至る確率の少ない胚の移植を避け、流産率が低下することも十分期待できると思います。
出典:女性のための健康生活マガジン jineko vol.40 2018 Winter
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