子供を持って改めて思う、親への気持ち(感謝ではありません)
2008.6.30 13:40 0 13
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質問者: もんぺさん(35歳) |
よく「子供を持って改めて自分の親に感謝する」という言葉を聞きますが、私の場合は逆です。
私の父親はギャンブル癖が治らず、いつも借金をしては何度も祖父母に立て替えてもらっていました。それも母方の祖父母にです。いいかげんな父で、何一つ尊敬できるところはありません。
母親も父と仲良くはないのに世間体を気にして離婚はせず、仮面夫婦で家の中はいつも殺伐としていました。
母も常に情緒不安定気味で、プチ育児放棄な感じで、私は幼稚園で自分でトイレに行けず、よく幼稚園でお漏らしをしていて、家に帰るといつも母に叩かれていました。家ではトイレに行けました。今思えば自宅は洋式トイレだったので幼稚園の和式トイレの使い方が分からなかったのです。でもいつも怒鳴れて叩かれて「もう明日はお漏らしはしない…」と泣きながら言って、またお漏らしをして叩かれる…の繰り返しでした。
私の小さいまだ赤ちゃんだった弟もよく叩かれていました。
小学校に上がったばかりの頃、借金で家計が苦しく母が「お金がない!!買い物に行けない!」とイライラしながら嘆いていたので、親戚にもらったお年玉の千円を「これを使って」と渡しました。母はこれで買い物に行けると喜んでくれてました。次の日も「お金がない」と嘆いている母をみて、私は「昨日、渡したお金は?」と聞くと「あんな少ない額じゃ一日も保たない!!」と怒鳴られました。当時子供だった私には千円は大金だったのと、昨日母が喜んでくれたのに、また怒鳴られてことにショックを受けたのを覚えています。
そんな家庭に育った影響か私自身人付き合いがヘタでよく虐められていました。
自分の育った家庭ではいろいろありましたが、今は優しい夫と可愛い子供に恵まれて、家計の心配のないゆとりのある暮らしが送れて本当に幸せです。
でも思うのです。子供を持って改めて子供を授かって…。
自分の親に対する怒りというか諦めというか…。
ああいう生き方しかできない両親に今さら何かして欲しいとも思いませんが。
親とは絶縁とまではいきませんが極力避けています。双子を育てて本当に大変で寝る暇もありませんが、母には絶対に手伝って欲しくはありません。年に1回くらいなら会わせてもいいかなとは思います。まあ、今は普通に接してはいます。
いろいろ書きましたが、自分は子供に同じ思いはさせたくないなと思っています。たまに「虐待は連鎖する」と聞きますが、そんなことないですよね?
親に理不尽に扱われたけど、今は幸せで自分の子供には同じ思いはさせてない方、今は幸せだけど、時々昔を思い出してしまってちょっと悲しくなってしまう方いらっしゃいますか?
回答一覧
私は不妊治療中で子供はいませんが、ある友人が
子供の頃「あんたなんか産まなきゃ良かった」と
母親に言われたそうです。
その友人も今は2児の母になり、両親の愛情を
注がれて育った子供は、いつもニコニコしていて
とっても幸せそうでしたよ。
親に感謝が出来なくても、スレ主さん一家が幸せで
あれば、良いのではないでしょうか?
2008.6.30 18:12 27
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ハマのおばちゃん(35歳) |
私もあなたと同じ思いを抱いています。私の母は某宗教にのめりこみ、幹部に言われるまま献金を続けていました。宗教に入る前は専業主婦でしたので、何十万円もの大金を一度に用意することはできないので、幹部に勧められて、自宅で塾を開きました。生徒が来るのは夜ですし、狭い家でしたから、生徒が来ている間は、私は母から一切音を立ててはいけないと言われていました。なので、テレビもラジオもだめ、笛の練習などもってのほかでした。食事もだめで、生徒が帰った9時過ぎにやっと食事…でした。
後年、母は塾の収入では足らなくなって外へも教えに行きました。そのため、忙しくなって家事放棄。食事は夫婦二人分だけ作り、子どもの分はありませんでした。あの頃はいつもお腹が空いて、本当につらかったですね。子どもだったから「親は忙しいんだから」と自分自身を納得させていましたが、自分が親になった今は「あれはれっきとした手抜きだ」と分かります。自分たちの食事は用意して、子どもの分はなし、だなんて本当に心の冷たい人です。
あれからもう30年近くになり、今は私には家族がいて、食事を作る立場ですが、いつもたくさん料理を作ってしまうのです。子どもがお腹を空かせてはいけない、ひもじい思いをさせてはならない…という思いが強すぎるのでしょうね。夫には「お前は適量というものを知らないのか」とよく怒られてしまうのですが、直りません。
父は、気に入らないことがあると家を飛び出して2、3日は帰ってきませんでした。自分の兄弟姉妹の家に転がり込んで、今日は一番上の姉の家、次は二番目の姉の家…というように点々とし、行くところがなくなったら渋々家に帰ってきて、家族とはろくに話もしない人でした。プチ家出を繰り返す父親を、私は尊敬もできないですし、今も情けない思いが取れません。
私は、中学時代に犯罪に巻き込まれましたが、父も母も世間体第一で、娘の心の傷は見て見ぬふりでした。母はひたすら「勉強、勉強」と勉強をすることだけを連呼し、「どうしてそんなに出来が悪いんだ」と怒鳴りつけていましたね。優秀児だったお母さん、あなたと私は違うのよ、と言ってもまったく聞く耳持たずです。
私が最後に実家に帰ったのは10数年前です。それも「帰った」のではなく、「立ち寄った」程度。実家は私にとって「心休まる場所」ではなく、「悪夢がよみがえる場所」です。結婚しても親と仲良くして、実家で骨休めができる人もいるのに、親に対する恨みや怒りが消えない私っていったい何だろう…とよく思いますね…。
2008.6.30 18:15 31
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とんぼ玉(40歳) |
あ〜、同じような方がいるんですね。。。
最近とてもその気持ちが強いです。
子どもを持ってみて、初めて親側の考えが分かるかと思いきや、「私だったらああはしなかったのに」だけです。
母親との関係を冷静に見つめてみて、話し合おうとしても「お前はすぐに人を責める」でおしまい。
そして亡くなった父を責める母。
話し合う必要はない、過去をみててもしょうがない、と最近やっと気付きました。
うちは虐待などはない、幸せな家庭だと思ってました。。。だから、虐待は皆無だけど、いつまでたっても、母親に対する感情が満たされず、子持ちの33歳になっても「母に気に入られたい。好かれたい。」という気持ちが消せず、親離れできません。
(物理的に離れてるので会うのも月1程度ですが)
それも、12歳の姪に嫉妬するほど。
わけわかりません。自分でも。
ただ、私は母に好かれたかっただけです。
母にとって私が一番でありたかったんです。
でも、どうすればよかったのかわからないんです。
実家に帰るたびに夫に八つ当たりしてしまいます。
前を見て生きなきゃね。。。
一体いつになったら母の呪縛から解放されるのかな。。。
2008.6.30 19:39 41
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とっぽ(33歳) |
私も同じ事をここ最近悩み、呪縛から解き放たれる時が
いつ来るのだろうか、と考えていました。
虐待や育児放棄といったすさまじいものではなかったですが、
どなたかが書かれているように、ただ好かれたかったのだと
思います。
4つ上の兄は、有名大学を卒業し、今は公務員。
私は専門的な大学に行くも中退。2人の子持ちの主婦。
母の自慢はいつも兄でした。
私がいくら部活で頑張って全国大会に行っても、
母の妹(私の叔母)から説得され、しぶしぶ見にきた位です。
本当は見に来たくなかったらしいです。
私の子は、上は男の子、下は女の子ですが、
下の子がお腹にいるときに、女の子だと分かった時は
私と母のような関係になってしまうのではないかと
散々悩みました。
子供達は、できる限りの愛情で育てています。
両親からの連絡は殆どありません。
下の子が生まれてからは「見せに来い」だの、
「今からそっちに行く」たまに電話がかかってきますが、
電話がなった瞬間に嫌な予感がするくらいです。
こちらから連絡することはないと思います。
以前、実親との不仲について、友人の話をしたら、きつく
怒られました。
なので、同じような方たちのお話が聞けてよかったです。
2008.6.30 21:25 23
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みーけー(33歳) |
私の実母も、どうしようもない人です。
中学一年のころから、一人暮らしをさせられました。家賃2万のぼろアパートに中学生が一人暮らしでした。母は、違う男と一緒に暮らしていました。週に1〜2度、アパートの表に置いてある洗濯機の中に総菜と、数百円が放り込まれるのですが、それが私の生命線でした。次に母がいつ訪れるかわからないため、その惣菜と、小銭を大切に大切に使っていました。もちろん、食べざかりの子供ですので、そんなものでは足らず、近所のスーパーで万引きをしたり、近くの畑に行って野菜を盗んだりもしました。母にお金が足りないというと、ものすごく怒られたからです。
お前は金食い虫だ、とか、親の苦労も知らずに、と言われ続けました。
しかし、母は、当時、パチンコが趣味で、毎日通っていたのです。携帯のない時代でしたので、母に用事がある時は駅前のパチンコ店に行けば必ず会えました。
そんなお金があるなら、食費として渡してほしかった。。
私は、歯を磨く習慣がありませんでした。金銭的なことからか、幼稚園にもいかせてもらえず、基本的なしつけをされなかったのです。
子供時代は、本当に辛かったです。ここには書ききれません。人にも詳細は言えません。友人も知らないでしょう。だからなのか、私が母親のことを悪く言うと、「あなたも子供を持ったらわかるわよ」と、たしなめられます。正直、そう言う人へ、心の底から怒りがこみ上げてきます。あんな子供の育て方をする人間の気持ちなんて、わかりたくありません。なんで産んだんだろうって思います。育てる気がないなら、中絶したら良かったのに。
そんな母も、今では年を取り、私だけが頼りだといいます。冗談じゃないです。
今、私は、結婚もし、生活はものすごく潤っています。貯金も数千万ありますし、気がねなく海外旅行にも行きます。
主人は良い人で、ことあるごとに、「お母さんに差し上げて」と数十万のお金をよこします。が、私は、びた一文、渡したくありません。母が入院した時に、主人が見舞金を包んだのですが、それさえも渡したくありませんでした。
私は子供がいませんが、きっと、この気持ちは子供が生まれたって変わることはないと確信しています。
母が憎いです。
2008.6.30 23:03 30
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ころすけ(35歳) |
みなさん ありがとうございます。
励ましのお言葉や同じ気持ちを抱えていらっしゃる方からのコメント感謝致します。
そうなんです。今が幸せならばそれでいいと分かっているのですが、ふとした時に気持ちが暗くなります。
実母に育児を手伝ってもらっている友だちを見てもほんの少しだけうらやましいなとは思うのですが、私自身に「お母さんに手伝ってもらわないの?」「双子だったらお母さんに来てもらうんだよね?」「里帰りするよね?」と他の方から悪気なく言われた時に切ない気持ちになってしまいます。自分と母の関係を他人様に説明するつもりはないので「母は身体が丈夫ではないから…」とごまかしています。
みなさん温かいご家庭を築いていらっしゃるのですね。
それを聞いて自分も大丈夫!と思うことができて嬉しいです。ありがとうございます。
私の嫌いな言葉は
「親孝行はできるうちにしておけ」
「子供を持って初めて親の有り難みが分かる」
「育ててもらった恩」
親が子供を育てるなんて当たり前ですよね。どんなに辛くても、太陽が東から昇って西に沈むくらい当たり前のことだと子供を持って初めて思いました。それまではあんな親だけど感謝しなくてはならないと自分に言い聞かせていました。でもこの言葉の本来の意味は
親は「育てさせてくれてありがとう」子供は「育ててくれてありがとう」とお互いに思えることが大事なのかなー?と今はそう感じています。実のところはまだよく理解できていませんが…。
温かい家庭で育って、私の嫌いなこの言葉を素直に言える人がとても羨ましくて、友人の結婚披露宴で花嫁からの感謝の手紙にも少し嫉妬の気持ちを抱いていた私でしたが、
これから子供が大きくなって今まで自分できなかった温かくて楽しくて時には喧嘩もして…という家庭を築いていけたらと思います。
ありがとうございました。
ちなみに私の母も宗教にはまっておりまして、「孫(私の子供)が良い子に育つ方法を教えてあげようか?」と電話をかけてきます。答えは「お祈り」です…。もう慣れましたけど今は0歳児双子の育児で忙しいので本当に迷惑です。
2008.6.30 23:39 21
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もんぺ(35歳) |
みーけーさん、ころすけさんもコメントありがとうございます。
ジネコは反映されるのに少々時間がかかるようで、お返事を書いた後にお二人のコメントを読みました。
「親の悪口言うなんて」と叱咤されると思っておりましたので、お辛い経験をされた方が意外に多くいらして自分だけではないのだと驚いています。
私も他人に自分の生い立ちを話すのが怖いです。「実親はいつでも味方で帰れる場所」が一般的ですので、親の悪口を言うなんて言語道断と思われるんじゃないかと思っていました。
夫に話したのも結婚が決まってからだったような…。事細かに話したのは結婚後でした。
結婚後も父の借金には悩まされ本当に情けない恥ずかしい父です。その父も数年前にガンで他界しました。ハッキリ言って亡くなってくれて嬉しかったです。これでもう隠れて借金していないか心配はなくなりました。末期ガンが発覚したときも数百万借金していました。それも自身から告白ではなく偶然発覚しました。何も言わないで死んでいこうとした父に怒りをおぼえました。誰がこの借金を支払うのか?何も考えていない父が本当に憎かったです。
そのことを問いつめると父は「わしの病名聞いてないの?」と言ってきました。は????末期ガンだからなんでも許してもらえると思い込んでいたのです。ガンは可哀想だからオールオッケーではありません。心底飽きれました。
もう天国でも二度と会いたくありません。
私は外では明るく振舞っていました。家庭の暗い部分を人に知られたくないからです。いつも笑って明るくて折り目正しく優しい子を演じていました。「悩みなんてなさそう」と何度か言われたこともあります。大勢で騒ぐ友だちは多くいますが、親友はいません。いつも自分の心を隠しているからです。親友は夫です。これも幸せだと思います。このまま嫌な思い出をなかったことにできたら幸せだなと思いますが、そんな風にできるのでしょうか?アンバランスな自分なまま子育てできるのかな?と心配になる時もありますが何とか生きていきたいです。
みなさんありがとうございます。
2008.7.1 09:59 16
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もんぺ(35歳) |
もんぺさん。
この記事を、目にされるでしょうか。反映が遅いので、もしかしたら読んでいただけないかもしれませんが、覚悟で書きます。読んでいただけると良いのですが・・・。
もんぺさんや、私や、その他、ここに書き込みをされた方々はそれぞれ、幼いころ辛い思いをしました。
私は、できれば、そんな育ち方をしたくなかった。
母のせいで、しなくてもよい苦労をしました。
昔の私はいつも、死ぬことばかり考えていたように思います。
しかし、結婚をし、私は、変わりました。
もんぺさんと同じように、私にとっても主人が親友であり、唯一の家族だと感じています。
そして、ただただ平凡な毎日を送っている専業主婦である私なのに、世界で一番幸せ者のように感じることがあります。
辛いことがあっても、幼いころを思えば何ともありません。
食べることに困らず、それどころか、贅沢をさせてもらい、
他の人にとったら平凡に生活することにさえ、これほど感謝できるのは、辛い過去を背負っているからかもしれません。
私たちの過去に、何か意味があるなら、
今のこの平凡な生活を、心から感謝し、数百倍の幸せと感じられるようになったことなのかなと思っています。
信じられる人がいるだけ、私たちは幸せです。
数年前の私は、人を信じることなんてできなかったのに、主人を心から信じてる。
もんぺさん、もう、暗闇は抜けました。
きっと、お子さんを、立派に育て上げることができますよ。大丈夫です。
迷った時は、ご主人を頼って。
辛い過去のおかげで、私たちは今、幸せなんですもの。
子育て、がんばってくださいね。
私は今、ベビ待ちです。将来、うんと可愛がります。
お互い、幸せになりましょうね。
2008.7.2 00:37 17
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ころすけ(34歳) |
〆後にごめんなさい。
私は育児放棄とか借金とかひどいものではなかったのですが
母との関係でトラウマがあります。
客観的に見て縁を切るほどのことはされていないし、
今は普通に接しているし、近所に住んでいて育児を手伝ってもらっているのですが
時々悲しい気持ちになることがあります。
例えば母が花粉症で鼻をぐすんぐすん言わせていた時には
幼い頃から鼻炎だった私に
「汚い。鼻がつまってると臭うようになる。鼻の癌だってある。鼻をかめ!!」と眉間にシワをよせて
叩かれたことがフラッシュバックして
ものすごい憎しみに襲われたりします。
私は自分は近くに寄ると臭いんだ、と思ってましたし
だからきっと結婚もできない、
癌で死んでしまうんだって思っていました。
人に言えない病気を抱えていると思っていました。
鼻炎がよくある病気だなんて高校生の時に知り衝撃でした。
ヒステリックで何でも頭ごなしに反対するので
意見の言えない、顔色をうかがう性格になってしまいました。
今は努力で性格も変わってきてますが、
本当のコアの部分には暗いものがある気がします。
皆さんの体験を聞かせてもらって私も救われました。
私の気持ちも少しだけ吐き出せて少しだけ救われました。
ありがとうございました。
2008.7.2 01:44 16
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りいた(35歳) |
ころすけさん、りいたさんありがとうございます。
ころすけさん、もちろん読ませていただきました。時間があるごとに何度も読んでしまいます。
本当にありがとうございます。
そうですね。もし、自分の生い立ちの意味がもしあるなら、
私もそんな風に考えていました。
辛い過去があったからこそ今の幸せを実感できるのだと。
だからこそ今の家庭を大事にできると。
今の私は辛いこと幸せなこと両方を経験して本当に人に優しくなれたような気がします。
以前は嫉妬もしましたし、うらやましがりでした。
いつも「どうせ自分は…」と思っていて、
もし嬉しいことがあったとしてもそんなのは長くは続かないと自分で言い聞かせていました。
子供の頃は嬉しいことがあってもすぐにそれが終わっていつも絶望感にさいなまれていましたので、期待するだけあと空しくなるだけなので、こんな癖がついてしまったような気がします。
こんな自分でも受け入れてくれる夫に感謝しています。
これから私の家族をスタートさせようと思います。もらう愛情が薄かった分、与える愛情を多くすれば良いのかなと。愛情は愛情で今までの分を取り戻せるかもと思ってやっていこうと思います。
励まして下さって、お気持ちを分かって下さって本当に嬉しいです。ありがとうございます。
一緒に幸せになりましょうね。
ころすけさんもみなさんも今の幸せが続き、これからも幸せは増していくと思います。だってみなさんステキな方ですから。
本当にありがとうございます。
2008.7.3 09:17 15
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もんぺ(35歳) |
もんぺさん。
記事、読んでいただけて、よかったです。
共感する部分が多く、また、人に簡単に話せる内容ではないので、すごく親近感がわき、迷惑を顧みず、
また、書き込みをしてしまっています。
世間では、私たちの親のことを「毒親」と呼ぶそうです。関連の著書もあるようです。
私はいまだに、
心から幸せで、何も不自由がないのに、ふとした瞬間に、心の奥から憎しみや、悲しみが沸き起こるときがあります。
それは、母を許していないからでしょう。しかし、許すつもりもありません。たぶん母が死ぬまで恨み続けると思います。
以前、人から、「親が死んだ時に、後悔しても遅いから、生きてる時に和解したら?」と言われたことがあり、何度か話し合いましたが、常識が通じる人間ではなく、そのたびに深く傷つき、憎しみが増しました。
母を許せない私は今後、親が死んだら後悔するかもしれません。でも、どうしても許せません。
だから、今は、自分の心に正直に生きていくつもりです。それで後悔しても、それはそれでまた、その後悔を背負って生きていきます。今、自分の心を偽って表面だけ和解し、母にまた、人生に口出しをされるより、よっぽどましです。
もう、私たちは、親の管理下にはいません。
自分の好きなように生きることができます。
私たちにベストな親との間の距離感を大切にし、
人と比べることなく、私たちが自分で自分の人生を選択していけば良いと思います。
もんぺさんや私たちのような経験をしている子供は、少なくないようです。
だからどうか、周囲と比べて、気持ちを落とされませんように。
もう、私たちは、私たちの人生を、誰に干渉されることなく、生きています。自分の人生をコントロールしているのは、自分自身です。
親の呪縛に、気持ちを惑わされないようにね。
取りとめもなく、また、書いてしまいましたが、私の書き込みはこれを最後にします。
どうか、どうか、お幸せに。
ここで、お話ができたこと、本当に本当にうれしく思います。
お互い、絶対に幸せになりましょうね。
2008.7.3 17:18 18
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ころすけ(34歳) |
私ももんぺさんと同じように考えていました。
私の母は私が物心ついた頃にはうつ病で入院を何度かしたり、自殺未遂を繰り返しては私は泣きながら救急車を呼んだり、兄と止血をしたり、父と抱えて病院に運んだり・・・。
そして母はろくに家事もせずに、「お手伝い」と言いつつ毎日いろいろ家事をさせられ、小学校低学年なのに「米の水を入れ間違えてる!あんたのせいよ!」と早朝たたき起こされ激しく怒られたり。
遊園地に連れて行ってもらったものの、母が機嫌が悪くて記念写真も母は怖い顔。
遊園地の思い出は「お母さん機嫌悪かったな」です。
家はすごい状態でした。
いわゆる汚宅です。脱衣所は脱いだ服で敷き詰められ、その上に猫がうんちやおしっこをしてしまっていたり。
料理も手抜きで母の料理は揚げるか焼くかが多く、栄養なんてまったく考えていません。
何を食べて育ったか覚えていません。
朝ごはんも無かったし、高校生の時、昼はパン代渡されてました。
みんなのお母さんの手作り弁当、お母さんそのものがあこがれです。
そんな母は私が20歳の時に自殺し、他界しました。
父は母を鬱にした思いやりのない人で、モラハラです。
そんな私ですが、趣味は子育て!!!と言い切れるくらいに子育てが楽しく、育児ストレスなんて言葉無関係できています。
ご飯はいつもバランスを心がけ、もうすぐ4歳の子なのですが好き嫌いはありません。
朝食に幼稚園のお弁当(毎日作ってます。子どもがお弁当のほうがいいというので)、家に帰ってきておやつ、夕飯、夕飯ごにデザート、・・・・一緒に作ったり、なんでも手伝ってもらい、毎日欠かさず寝る前に絵本を読み、腕枕して、頭をなでながら眠りにつきます。
娘が今より小さい頃に初めて覚えて歌った歌は、私が歌う子守唄「ゆりかごのうた」でした。
赤ちゃんの頃からいつでもどこでも一緒、ベビーカーも抱っこ紐も使わず、いつも抱っこで歩き、
春には桜を、夏には海に川に、秋は紅葉を見せ、冬には雪をかき集め(九州なのでほとんど積もりません)小さな雪だるまを作り、サンタさんの話を聞かせ。
四季を、季節を通して遊び、写真を撮り、
私の人生の主役になっています。
かといって執着しすぎる事もしません。
子どもは別人格だし、自分の人生があるわけです。
今の小さなうちは、独り占め状態を楽しんでいます。
虐待の連鎖は確かに確率は高いそうです。
しかし、反対にすごく良い親になる人もいると、アダルトチルドレン関連の記事で読みました。
そうありたいなって、思います。
私は子どもは無条件に愛される存在であるべき、
日々の生活で安心して、信頼して、愛されている自信を意識なく持っていてほしい。ただそこにいるだけで愛されるべき。そういう思いが強いです。
親には恨み言を言ったらキリがないですが、私もなんとかがんばっています。
子どもはどんな子に育つんだろう。
ずっと仲良しでいれたらいいなって思います。
2008.7.3 22:03 14
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こなち(32歳) |
もんぺです。お返事遅くなって、下に埋もれてしまいましたね。申し訳ありません。
こなちさんはもうお子さまも大きくなられて大切に大切に育てていらっしゃるのですね。お幸せそうで、お子さまもすくすくと良い子にお育ちなのでしょう。コメントして下さって本当にありがとうございます。
ころすけさん、私もころすけさんとお話できて本当に本当に良かったです。ありがとうございます。
「ネットは顔が見えないので何でも書き込める」と聞きますが、このことを書くのに初めは躊躇しました。
でも、思い切って自分の思いを書いて良かったです。
ころすけさんもどうかどうかお幸せに。
本当にありがとうございます。
2008.7.7 14:04 14
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もんぺ(35歳) |
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