体外受精しか可能性はない?
浅田 義正 先生(浅田レディースクリニック)
初めての治療から体外受精をすすめる場合、どのようなケースがありますか?
これは一番大まかな判定ではありますが、精子の所見でいうと、運動精子の濃度が1mlあたり1千万以下であったら体外受精スタート、100万以下であれば顕微授精スタートになります。
女性側の所見でいえば、当院ではX線ではなく超音波を使っていますが、卵管造影検査で、両側卵管が詰まっていれば体外受精の適応です。
また、AMH(抗ミュラー管ホルモン)の数値も重要な判断材料になります。AMHは卵巣予備能、つまり卵巣にどれくらい卵子が残っているかを予測する検査ですが、AMHは個人差が非常に大きく、特に40歳以降であればAMHがほとんど0で卵の数が十分にないため、治療を急がなくてはいけないケースは意外と多いもの。その場合も早めの体外受精をおすすめします。
体外受精をすると妊娠率は格段に上がるのでしょうか?
基本的にはそうです。通常1周期1個の成熟卵しか発育しませんが、体外受精ではもっと多くの成熟卵が1周期で得られ、その分何倍もの妊娠率になります。ただ、体外受精をやれば全員が即、妊娠できるかといえばそうではありません。体外受精とは、一般不妊治療で障害となる部分をすべてバイパスする治療法ですから、受精卵ができるのは当たり前。体外受精の妊娠率とは、その受精卵を子宮に戻して順調に育つかどうかの確率です。そこには、卵子本来の性質や、カップルごとの違いなど複雑な要素があるのです。
それはどんなことでしょうか?
ひとつはAMHが示す卵子の減少。もうひとつは、卵子の老化です。精子は常に新しくつくられますが、卵子はその人が生まれる前につくられたものがずっと卵巣の中に保存されていて、新しくつくられることはありません。要するに、年齢と共に卵子も老化していくわけで、その老化によって染色体異常や染色体分離異常などメカニカル的な細胞分裂がうまくいかず、妊娠率や出生率が下がっていきます。
さらに、お二人の遺伝子のバランスという要素もあります。たとえば、当院では、35歳未満では1回採卵して2回の移植で50%は妊娠できますが、なかには20代後半や30代前半でも、10回目くらいの移植でやっと妊娠できる人もいます。受精卵はカップルお二人の遺伝子のバランスによって確率の高い場合と低い場合があるように感じています。しかし、同じカップルでも受精卵1個ずつには兄弟の差があります。遺伝子の偶然の組み換えによって、受精卵一つひとつ個性があります。したがって、1個目で妊娠できる人もいれば、5個目、10個目と時間のかかる人もいます。
ただ、受精卵がきちんとできていて、それを1個ずつ戻していけば、何個か先には赤ちゃんになれる受精卵とめぐり合えるだろうというのが、体外受精の現場で我々が日々実感していること。
なかなか妊娠できないと、自分にどんな原因があるのだろうと思うかもしれませんが、体外受精にいたっても究極の原因は受精卵であって、受精卵の品質はすべて同じではないというのが最終的な条件になるわけです。
体外受精=試験管ベビーと呼ばれたことがあるように、体外受精にはまだまだ心理的な抵抗を感じる方も多いかと思います。そんな方へのメッセージをお願いします。
1978年、英国のロバート・エドワーズ博士らによる世界初の体外受精成功によってルイーズ・ブラウンさんが生まれました。当時は、今のようにディッシュがなく、受精卵を試験管に入れて培養したため「試験管ベビー」といわれました。現在、体外受精によって国内で累計約20万人が誕生し、世界では600万人の体外受精のベビーがいるといわれます。
そのルイーズさんは2006年に自然妊娠で男児を産み、2010年にはエドワーズ博士がノーベル医学生理学賞に輝きました。そして、ルイーズさんは今、こんな言葉を残しています。
「IVF(体外受精)で生まれてきた人たちは、当たり前ですがほかの皆と同じです。イイ子もいれば悪い子も、賢い子もいればそうじゃない子もいます。生まれてすぐに私を調べた最初の医師が発した言葉は“普通の赤ん坊”だったそうです。そして大人になり、私は普通の女性になりました。私たちは普通の人間です。ただ生まれてくるのに、科学の力を少し必要としただけなんです」
当事者からのこれ以上のメッセージはないのではないでしょうか。
浅田レディースクリニックでは初診前の受精説明会や、AMH・不妊症セミナーを定期的に開催。「卵子の仕組みなど不妊治療の基礎となる知識を身につけて、正しい治療を選択することが早い結果へと繋がります」と浅田先生。
体外受精適応のケース
AMHが低い
AMHが低ければ、残っている卵子の数自体が少なく、治療できる時間も限られてきますから、早めのステップアップで体外受精へと進めます。ただ、年齢が若ければ、数が少なくても卵子の老化による妊娠率の低下が少なく、受精卵ができればその年齢の妊娠率が期待できます。2人目、3人目を望むのであれば、卵を余分に採っておいてから治療するという作戦も立てられます。早発閉経で卵子が少ない人と、高齢でAMHが低い人では、受精卵ができても結果的にだいぶ違います。
運動精子の濃度が低い
精子の所見については、何もしていなくてもその所見は大きく変動します。大まかな目安として運動精子の濃度が1mlあたり1000万以下であったら体外受精、100万以下であれば顕微授精が適応すると考えています。逆に3000万以下であれば人工授精から、それ以上であればタイミングなどからも始められると思います。当院で体外受精を行う場合には、受精障害などがあるケースに備えて、採卵した半分の卵子には顕微授精を行うスプリットという方法を採用しています。
両卵管が詰まっている
最初から体外受精を選択せざるを得ないのは、両卵管ともが完全に詰まってしまっているケース。よくレントゲンでの卵管造影検査で卵管が太いとか細いとかいいますが、ほとんど意味がありません。卵管は通っていれば問題がないと思っています。むしろ、痛みの強いレントゲン検査をして無事通っていることがとわかっても、妊娠しなければステップアップしなければいけないのは同じこと。当院では、痛みの少ない経腟超音波下での卵管造影検査を行って判断しています。
出典:女性のための健康生活マガジン jineko vol.34 2017 Summer
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