海外レポート 台湾の生殖医療の現状について
張 宏吉 先生(台湾台北宏孕(ホンジ)ARTクリニック)
日本にはない生殖医療に関する法律が台湾にはあるそうですね。法律ができた経緯は?
1985年、台北市の台北榮民総合病院にて台湾初の体外受精治療により赤ちゃん(試験管ベビー)が誕生しました。当時、台湾には生殖医療に関する法律が制定されておらず、生殖医療に関する議題が注目を集めました。正式に制定されるまでに死後の精子採取、代理母、クローン人間など多くの議論になかなか決着がつきませんでしたが、2007年ついに「人工生殖法」として制定されました。
法律の内容について簡単に教えてください。
まず不妊治療を受けられるのは、法律的に婚姻関係にある夫婦に限ることが大前提です。また、ドナーからの提供卵子や精子を使う場合は血縁関係の確実な調査のため、四親等表などの資料とともに台湾の国民健康署(日本の厚生労働省の一部に相当)に申告する必要があります。さらに、ドナーの条件について年齢の下限と上限が定められており、過去に提供した卵子または精子でレシピエントが妊娠出産に至った場合は、二度とドナーとして他者に提供することはできません。
日本は不妊治療クリニックが約600施設あり、大学病院よりも個人医院が多い点が特徴です。台湾の施設の特徴は?
国民健康署が2017年の時点で許可している台湾の人工生殖機構は83軒、そのうち個人クリニックは32軒です。日本と違い、台湾の不妊治療センターは大型の病院がメインとなっているようです。
日本では不妊のカップルは6組に1組と言われています。台湾の現状は?
国民健康署の統計によると、台湾国内の不妊症は10~15%、つまり7~10組の夫婦のうち1組は不妊のカップルと言えます。台湾の出生率はこの数年1.1%台にとどまっており、少子化問題は大変深刻です。しかしこれは不妊に原因があるわけではなく、女性の大学進学率が高い台湾では高学歴を活かして豊かな暮らしを望む若者たちが多く、子育てより経済活動を重視する社会的傾向があるためです。
台湾と日本の不妊治療における違いはありますか?
台湾人はオープンな国民性ではありますが、人工授精の中でも「卵子提供」に関してはやはりできるだけ知られずにいたいと思う方も多いようで、国民性による意識の差はないかと思います。
ただ、治療内での大きな違いは日本では認められていない着床前診断(PGS検査)が可能だということです。アメリカでは必須検査ですが、台湾の場合は希望者に対して検査をします。日本からのレシピエントは希望される方が多いですね。
卵子の提供者の条件はありますか?
ドナーになれるのは20~39歳の健康な女性、法律により定められた感染症や性病などの検査をクリアした方のみとなります。以前にエッグドナーとして卵子を提供したことがある人も、再度ドナーになれますが、その提供した卵子で赤ちゃんが生まれていないことが条件です。
卵子提供者の情報はどこまで知ることができますか。
レシピエントが知ることができるのは「ドナーの血液型」「人種」「肌の色」の三点のみです。当然、事前カウンセリングにより、夫婦の容姿になるべく近くなるよう慎重にドナーを選んでいます。
また、レシピエントとドナーはお互いを知り得ることはできません。生まれた子どももドナーも、互いを知る権利は認められていません。
卵子提供を希望される方はどのような方が多いですか。国別の割合は?
レシピエントは高齢のため良質の卵子がつくれなくなった方や、既に閉経された方、早発閉経と診断された方、ターナー症候群など染色体異常をおもちの方、化学療法を受けたことにより卵巣機能を失った方など多岐にわたります。
当院では年間200組ほどにマッチングを行いますが、そのうち7割以上が日本人です。次に中国人、韓国人と続き、フィリピン人をメインとしたアジア系アメリカ人という状況です。最近はオーストラリアからの問い合わせも増えています。
海外で卵子提供を受けるうえでの注意点やメッセージをお願いします。
日本の方々が海外で卵子提供を受けるには、ほかにスペインやアメリカなどの国があります。費用も安く、アメリカより行き来がしやすいという理由で台湾にいらっしゃる方は年々増えています。しかし、説明会やカウンセリングに足を運ばれ、医師のもつ技術や相性を見極めることが一番重要だと思います。
過信は禁物。次のステップに踏み出す前に
医療の質や相性を見極め、話し合いを大切に。
費用も安く、地理的に近く、人種的にも身近な台湾。自分は抜けられないトンネルにいるのでは…と感じておられる方にこの「海外での卵子提供」は希望の光となるかもしれません。しかしそれがすべて日本と同じ医療レベルではないのも確かです。過信し、安易に即決するのではなく、多くの医療法の中での選択肢のひとつとして冷静に向き合うことが大切です。夫婦同士、また担当医と十分な検討を重ね「その先」を慎重に進んでいきましょう。
出典:女性のための健康生活マガジン jineko vol.35 2017 Autumn
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