特別養子縁組
まとめ 子育て・教育
赤ちゃんを家族に迎える方法は妊娠出産だけではありません。選択肢には、さまざまな事情で家庭での養育が難しい赤ちゃんの養育を引き受ける「里子」や「養子縁組」もあるのではないでしょうか。
とはいえ、周囲に養子縁組をした親子などがいないと、毎日の暮らしのイメージがつきづらいものです。
今回は、そのなかでも養親として子どもの成長を見守る「特別養子縁組」についてまとめました。養親家庭の取材記事もご紹介していますので、ご覧ください。
不妊治療を終えたら「特別養子縁組」の出会いが待っていた
「特別養子縁組」をして、赤ちゃんと親子になったというカップルの取材記事では、閉経による不妊治療の終わりを迎えたことで、現在の養子であるお子さんとの出会いがあったことが明るく語られています。
“右の卵巣がうまく働いておらず、最初の採卵からすでに苦戦。Mさんは「卵管水腫」という状態で着床しにくくなっているとのことでした。それでも7度の体外受精に挑戦し、1度の妊娠を経験します。
「結局は流産で。それから何軒かほかの病院をあたるも、あなたの状態じゃもう無理って、何度か通うと断られるんです。AMHの値から卵子もほぼ採れないとわかっているし、そうこうしているうちに41歳になり、生理が止まりました。検査の結果、閉経した、と」
あまりにも早すぎる年齢での閉経。しかし実姉も同じ41歳で閉経していたので驚きはなく、真っ先に感じたのは「やっと治療から解放される!」という喜びでした。
「子どもが欲しくないわけじゃない。でも治療は本当に…面倒くさくて。そう、悲しいとかつらいとかじゃなくて。治療にかかるお金は働けばなんとでもなる。でも治療のために費やした時間は戻ってこない。これで毎月私を苦しめた生理もこない。私は次に進めるんだ!って嬉しくなりました」と赤裸々に語ります。”
“診療を断られた病院で「養子を検討してみては」といわれていたこともあり、閉経と診断されて3カ月後には東京都の児童相談所を訪ねていました。二人は里親や養子縁組についての見識を深めるため、さらに3カ月後に行われた里親研修にも参加し、講義を受けたり乳児院を訪れるなど、半年前まで不妊治療に足掻いていたとは思えないスピードで進んでいきました。
そして閉経宣告からほぼ1年後、ついに「里親認定証」が交付され、ここから2年の間に「ご縁」があれば子どもとのマッチングが行われます。
Mさん夫妻は面談で「男の子でも女の子でもいい、外国人でもかまわない。でもいずれ同じ戸籍に入れることができる特別養子縁組がしたいので、その法律が認められる6歳以下の子ならどんな子でも受け入れる」と伝えていました。
すると里親認定からわずか1カ月後に児童相談所から連絡が。それがまだ生まれたばかりのOちゃんとMさん夫妻の運命の出会いでした。”
“そこからは面会が週三回から少しずつ増え、担当者を介さず直接「家族」だけで会えるようになり、1時間外出、半日外出、電車に乗せてみる、家に1泊する、1週間滞在する…とふれあいの時間をゆっくり増やしていきます。そして初対面から3カ月経つと、Oちゃんはもう乳児院には帰ることはありません。Mさん夫妻の家で寝起きし、二人からの無償の愛を思いっきり受けることができるのです。”
不妊治療後、里親認定資格の取得まではスピーディだった様子と、一方でOちゃんとの暮らしができるようになるまでは、じっくりと進めるステップが用意されていることがわかります。
"「不妊治療がうまくいかない=里親に、という考えは少し違うと思います。子どもは所有するものではなく、ご縁があって一緒に生きていく仲間」"
特別養子縁組という出会い 高度不妊治療を続けるも41歳で閉経。そこにあったのは絶望ではなく。
特別養子縁組には養親の年齢などのハードルがある場合も
特別養子縁組に興味をもつタイミングは人それぞれです。しかし、望んだその時、ご夫婦の年齢などによってはあっせんの条件から外れてしまう場合もあるので、その点には注意が必要なようです。
“調べてみると、さまざまなあっせん団体が見つかりましたが、この時すでにIさんご夫妻はともに44歳。民間をはじめとしたあっせん団体は養親の上限年齢を40歳としているところが多く、Iさんご夫婦は上限年齢を50歳未満としている都の児童相談所を急ぎ訪ねました。その後、里親認定研修(座学2日間、乳児院見学)の受講申し込みを済ませて受講。その上で、里親認定登録申請、調査を経て里親認定されます。
しかし、認定されてもすぐに養子を紹介してもらえるわけではありません。Iさんご夫婦に要請があったのは、2年後。”
居住地域によってあっせん団体の数や条件は異なるため、まずは情報集めが大切なようです。
“紹介されたのは2歳半の男の子、N君。超低体重児で生まれたために発達障害の心配があるとのことでしたが、万が一の可能性も伝えるのが都の方針。それも含め、連絡があってからは夫婦で何度も話し合いを重ね、悩んで眠れない日々を過ごしました。
しかし、実際に乳児院ではしゃぎまわるN君の姿を遠巻きに目にすると不安は払拭され、「あの子と仲良くなりたいね、まずはそれから始めよう」と、Iさんご夫妻はN君との距離を縮めます。面会、外出、お泊まりなどの交流を重ね、やがて委託として一緒に暮らすように。「子どもは授かるもので、選ぶものではありません。体が弱いからというのは、断る理由になりませんでした。同じ時間を共有するうちに、血の繋がりなどは関係ないと思わせてくれた」と、Iさんは言います。”
子どもの成長に合わせて、考えておくことも増える
"大分県の取り組みと、10年の不妊治療を経て特別養子縁組を選択したFさんご夫妻の体験談を聞く「里親・養子縁組の説明会」を院内で開催。治療経験から語られた「お互いをいたわり、夫婦二人で決断する」というFさんの言葉が参加者各々の心に響きました。"
特別企画〈家族の未来を考える〉 不妊治療の原点から考える里親・養子縁組制度
いかがでしたか? 家族のカタチについて考える際の参考にしてみてくださいね。