「産婦人科医 恋太郎」 Vol.1
おまじないのような、おまもりのような子宝草という植物を知っていますか?
子宝草をめぐるものがたり、読書びよりな午後のひとときにどうぞ。
まばゆいばかりの夏の陽が燦燦(さんさん)と輝き、遠くで蝉の鳴き声が響いている――。
亀戸の外れの、古ぼけた医院の裏手にある縁側。真っ黒く日焼けした沢村恋太郎が、気持ちよさそうに軽い鼾(いびき)をかいてすやすやと眠っている。広いおでこにすっと通った鼻梁(はなみね)。親しみやすさを感じる顔立ちだ。
広い縁側からは大きな庭が見え、建物は築六十年以上も経ち、あちこちが傷んでいた。縁側の横には恋太郎の持ち物である大きなトランクケースが無造作に置いてある。
一匹の蝿が恋太郎の汗ばんだ額に止まった。
「ん…」
恋太郎は額に手をやり、蝿を追い払うと、目をゆっくりとこすり思い切り両腕を伸ばした。そして上体を起こし、横にあったペットボトルの水をごくごくと飲み干してから背伸びをした。
「あ〜、気持ちいいや」
恋太郎は今朝の便でタイを発ち、成田空港から直接この古ぼけた医院にやって来ていた。医院は彼の祖父がやっていた産婦人科だった。
「ここだけは、昔のまんまだなぁ」
庭にある大きな桜の木、そして大小織り交ぜた花が咲いている。幼い頃、恋太郎はこの縁側で祖父の膝に抱っこされ、いろいろな話を聞くのが好きだった。やがて大きくなると、縁側に座布団を敷き、祖父と並んで庭を見ていろいろと話をしたものだ。
「あれ、坊っちゃんじゃありません――?」
ふと、庭の端から声が聞こえた。その声のするほうを見た恋太郎は、「婦長の八重さんだ!」と大きく叫んだ。
「まあ、恋太郎坊っちゃんもすっかり立派になられて」
二人は満面の笑顔を浮かべて手を取り合った。
「坊ちゃんは、何時、お戻りになられたんですか?」
ひとしきり再会を懐かしんだ
後、八重が聞いた。すると恋太郎は急にもごもごとした。
「あらまあ、その様子もちっとも変らない。気になることを聞かれると昔と同じだわ。大先生が生きていたら、『恋太郎、男はもっと堂々としろ』って言われますよ」
「参ったな、八重さんにかかったら、何でもお見通しだからな」
恋太郎は頭をかきながら言った。そして「オヤジがね……」と続けた。そう話す恋太郎の顔は曇っていた――。
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