不妊治療と卵子提供、医師が語るその現状と課題(1)
コラム 不妊治療
不妊治療と卵子提供、医師が語るその現状と課題(1)
自身の卵子では妊娠に至らないという状況に直面した時に、卵子提供という選択肢はあるのか、そして、医療現場ではどのように考えられているのか、セントマザー産婦人科医院の田中温先生と、セント・ルカ産婦人科の宇津宮隆史先生にお話をお聞きしました。
不妊治療と卵子提供、医師が語るその現状と課題(1)
最近、メディアでも取り上げられる「卵子提供」。ジネコがウェブで行った意識調査では、「必要」「ケースによって必要」という回答が予想以上に多く寄せられました。自身の卵子では妊娠に至らないという状況に直面した時に、卵子提供という選択肢はあるのか、そして、医療現場ではどのように考えられているのか、セントマザー産婦人科医院の田中温先生と、セント・ルカ産婦人科の宇津宮隆史先生にお話をお聞きしました。
巷でも現場でも賛否両論ある卵子提供の位置づけ
生殖医療の進歩によって子どもを授かる人が増えた一方で、諦めざるを得ない人もいます。そんななか、第三者の卵子を用いる「卵子提供」は、「日本でも行うべき」「倫理的な観点から考えてどうなのか」「ケースによってはいいのでは」など、さまざまな意見が交わされています。医療現場では現在、どのように考えられているのでしょうか。そこで、卵子提供の必要性や課題、進むべき方向性について、不妊治療の専門医である田中温先生と宇津宮隆史先生にお聞きします。
最近、雑誌やテレビなどのメディアでも取り上げられている卵子提供。本誌の読者からもさまざまな意見や質問が寄せられています。「不妊治療をしても思うような結果に結びつかない場合、選択肢の一つになるのでは?」という意見が寄せられるなど、関心が高まりつつあるようです。非常に難しい問題だと思われますが、まずは、先生方の考えをお聞かせください。
宇津宮先生: 子宮内膜症やがんなどが原因で子宮や卵巣を摘出している患者さんは別として、卵子提供は高齢の患者さんが対象になることが多いと思います。ですが、私としては「高齢になるほどさまざまな危険性があるとわかっていながら、ほかに方法はなかったのだろうか」という根本的な疑問があります。仕事などを理由に、結婚しない、出産しないという人生を送っていた人が高い年齢になり、いざ子どもを望んだ時に妊娠・出産が難しい、だから卵子提供を……というのは少し安易ではないでしょうか。
田中先生: 一理ありますね。最近はマスコミの影響もあって、患者さんの数自体もそうですが、40歳前後で不妊治療を始める患者さんが増えています。当院でも平均年齢は39歳と、以前に比べて確実に上がっています。女性が高い年齢の場合の不妊治療はとても難しいケースにはなりますが、それだけ女性の認識も変わってきているということです。その意味では、一連のマスコミの報道は非常に意味があると思います。
私の考えとしては、患者さんの知りたいことはとても単純だと思うのです。日本国内で卵子提供ができるのか、できないのか。そして、できるなら、いつからか。私は日本でも卵子提供を行えるようにしたいと考えています。人工授精では、精子がない人に第三者の精子を提供するAIDという方法がありますが、それとまったく同じで、卵子そのものが採れない早発閉経、または卵巣を摘出した患者さんに卵子を提供して、子どもを授けたい、という思い。JISART(日本生殖補助医療標準化機関)のメンバーに入ったきっかけも、私個人では推進が難しくても、組織のなかでならできるのではという希望があったからです。
宇津宮先生: 私はいつも患者さんに治療のステップアップについてご説明しますが、卵子提供は不妊治療とは違う次元のものだと考えています。不妊治療をして、妊娠しなかったから次のステップとして卵子提供という方法があるかというと、決してそうではない。
治療の流れのなかにある最終的な選択肢が「子どものいない生活」や「養子縁組」であって、同じ流れのなかに非配偶者間、いわゆる卵子提供がある、というニュアンスで伝えられることには違和感があります。
卵子提供は精子提供よりも情報開示の流れになりやすい?
各機関がそれぞれ卵子提供のガイドラインを設けています。卵子提供は、行われるべきかという是非のほかに、行われた後のケアについても議論が必要だと思いますが、「卵子提供で生まれた子どもが自分の出自を知りたいと希望した時、提供者の情報を開示する」という問題に対しては、どのようにお考えですか?
田中先生: 情報開示に関しては、精子提供よりも案外簡単なのではないでしょうか。精子提供にはこれまで63年の歴史があります。すなわち「プライバシーを守る」「秘密にする」という原則が根付いているのです。
宇津宮先生: 日本で精子提供が認められてから現在までに約1万5000人の子どもが生まれていて、今さら情報開示と言われても……という意見もあります。ですが、これからは人工授精も体外受精も「子どもの出自を知る権利」を守るため、情報開示を認める人だけを精子提供者にする、という流れになっていますね。
田中先生: そうなると、提供者は肉親だけになりますよ。日本産科婦人科学会では、親や兄弟による精子提供は認めていませんが、「自分が提供者だ」「生物学的な父親である」と告知しなければならないのであれば、肉親以外で提供してくれる人はゼロではないでしょうか。私がこれまで行った精子提供による人工授精でも、提供者は「プライバシーが守られる」ことが前提だからこそ、提供してくれているのだと思いますが。
宇津宮先生: 確かに10年、20年後に、突然子どもが目の前に現れて、「お父さん」って言われても平気だという考えの人は極少数でしょうね。
ただ、スウェーデンでは情報開示が義務づけられていて、それをきちんと理解している人だけが提供者になっています。数はぐっと減りましたが、情報開示の必要性が理解できている、比較的年齢層が高めの方々が提供しています。
田中先生: 精子提供者の情報開示については、ずっと前からある問題で、何度も議論されてはいますが、ほとんど進んでいないのが現状です。そういう意味も含めて卵子提供は、歴史がない分だけスムーズではないかと私は考えています。
胎児と母親は胎盤を通じて親子関係が形成される
なぜ、卵子提供は精子提供よりも情報開示する流れになりやすいと考えられるのか、もう少し詳しく教えてください。
田中先生: 精子提供と卵子提供の決定的な違いは、卵子は第三者から提供されますが、卵子提供を受けた女性は自分の子宮の中で子どもを育て、約10カ月間、胎盤を通してつながっている、ということです。胎児は意外と知能が進んでいると考えられていて、生物学的な母親ではないけれど、へその緒でつながっているその人が母親だと認識できると考えられており、女性も母親の自覚が自然の摂理として芽生えてきます。
ですから、生まれてくる前に親子関係はある程度形成されており、さらに生まれてから母乳で育てることで、一層強い関係ができあがると思うのです。「実はあなたは、卵子をもらって生まれた子なのよ」と伝えても「そうなんだ、でもお母さんは変わらないよ」と理屈ではなく感じる。だから、問題は起きにくいのではないでしょうか。
宇津宮先生: まさにその通りですね。産んだ人は「自分が母親だ」という自覚がきちんと芽生え、自信も持っています。子どもも、生物学的な母親と、産んで育ててくれた母親、というものをはっきりと理解できるでしょう。だからこそ、卵子提供はオープンにすべきだと思います。
卵子提供におけるフォローアップの考え方
田中先生: ただ、我々医師としてはスムーズに行くはずだし、行くべきだと思っていますが、患者さんのほうはどうなのでしょうか。
今年、JISARTにフォローアップ部会ができて、卵子提供を受けた患者さんにアンケートの協力をお願いすることになりました。これは、匿名で行われていた卵子提供が、今後は氏名も住所もわかるようになる、ということです。当院では患者さんに「今後、アンケートを送りますので協力してください」とお願いしましたが、最初の答えは全員がNO。再度、きちんとその必要性を説明したら全員が納得してくださいましたが、これにはとても意味があると思います。
理由は、先ほども申したように、すでに親子関係ができあがっているのだから、「生まれたあと何か問題が起きても自分たちで解決できる」という自信があり、わざわざフォローアップしてもらう必要はない、と考えられているように思います。自分たちだけで大丈夫なのに特別なことのように扱われたくない、だから自分の情報を開示したくない、という思い。こうなると、フォローアップ部会そのものが成り立ちません。
宇津宮先生: 私はフォローアップは必要だと考えます。卵子提供は、子どもが母親のお腹の中にいる時から親子関係ができあがっていて、本人は親子関係には自信を持っている。ただ、もし何か問題が発生した場合は受け皿になる組織が必要ですし、さまざまなケースの情報を集めることで、卵子提供の将来性も明確になるはずです。
あらゆる問題を解決しながら2年以上かけてカウンセリングなどを準備し、今日までたどり着きましたが、その結果、子どもが生まれたら「私たちのことはほうっておいてください」では、何のための医療なのでしょうか。理想的な医療を提供しようとして、生まれたらそこで切られてしまうような医療であれば、これこそ竜頭蛇尾です。もし、そのような意見が多くて、今後も危惧されるようなら、やめたほうがいいのではという思いがあります。
田中先生: 私は宇津宮先生の考えとは少し違います。子どもも両親もものすごく幸せで、生物学的な母親が誰かも知っている。「自分たちは卵子提供のおかげで幸せになれて感謝しています。ただ、フォローアップしなければならないような子ではありません。そうならないように育てますので、私たちに任せてください」と言っているように思えるのです。
実際に、母親が子どもを産んだ段階で“本物の親子"になっているから、フォローアップ部会が介入する余地はない、と考えられているのでは。
宇津宮先生: だからと言って、フォローアップが必要ない、という考えになるのはもどかしさを覚えますね。しかし、卵子の提供を受けても本物の親子だと自信を持って言える人が多いと考えられることは、大きな一歩にはなると思います。
宇津宮 隆史先生
熊本大学医学部卒業。1988年九州大学生体防御医学研究所講師、1989年大分県立病院がんセンター第二婦人科部長を経て、1992年セント・ルカ産婦人科開院。国内でいち早く不妊治療に取り組んだパイオニアの一人。開院以来、妊娠数は6,200件を超える。O型・おひつじ座。
田中 温先生
順天堂大学医学部卒業。越谷市立病院産科医長時代、診療後ならという条件付きで不妊治療の研究を許される。度重なる研究と実験は毎日深夜にまで及び、1985年、ついに日本初のギフト法による男児が誕生。1990年、セントマザー産婦人科医院開院。日本受精着床学会副理事長。2009年~2011年までJISARTの理事長に就任。